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     太明堂さんの「がんが治った話」
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ゲスト
投稿日時: 2010-5-18 23:24
太明堂さんの「がんが治った話」
えーと申します。
私の知り合いで山口県で整骨院を開業なさっている太明堂さんからすばらしいお話しを聞かせていただきました。
ご本人の許可をいただいてここに載せさせていただきます。不治の病と言われるガンからの生還のお話しです。とても示唆に富んだお話しです。長いですから3つに分けて載せさせていただきます。
ーーーーーーーーーーここからーーーーーーーーーー


私も若い頃はサラリーマンをやっておりました。同じ会社の同じフロアに、Yさんという10歳年上の同僚がいました。二人は部屋の隅と隅に離れて配置されておりましたが、顔をひと目見た時に、「コイツ!なかなかヤルナ!」と、お互いに思いました。仕事のことではありません。

 会ってその日から、この部屋は、仕事をする部屋ではなくなりました。私とYさんが部屋の端と端から冗談を飛ばすので、中にいる女性社員や他の若い男性社員は毎日朝から晩まで笑わされて、隣の部屋にいた怖い上司のKさんでさえも、注意しに来て、笑って帰っていく、言わば私達の演芸を披露する劇場となりました。

 その私達が原因の全てではなかったと思いますが、その会社は4年後に倒産しました。この場をお借りして、心からお詫び申し上げます。

 このYさんと私の共通の知り合いに、Mさんという海産物の卸会社の若社長がおりました。このMさんは、生真面目で、私達がいくら苦心のジョークを飛ばしても、暫く考えて、引きつったような顔をして、クスクスクスと鼻で笑って、すぐに真顔に戻そうと努力する人でした。

 でも、Mさんの人柄が、私もYさんも大好きでした。Mさんは、家族思いで、社員思いで、誠実で、天使のような人でした。頭もハゲて光っていましたし。

 このMさんが、ある日突然に心臓発作で倒れて救急車で病院に担ぎ困れました。私もYさんも非常に心配しました。「あんないい人が何故だ」と思いました。
 しかし、心臓が止まって医師も諦めかけた時に、運良く心臓がまた動き始めました。九死に一生を得るという、まさにそんな出来事でした。

 このMさんが退院して2週間経った頃、あの世に行った臨死体験の話を聞かせてくれるというので、三人は上野の喫茶店で落ち合いました。まだMさんは、お医師さんからお酒を禁止されていた頃だったと思います。

 会ってみると、意外にもやつれてはいませんでした。Mさんは、いつもの通り真面目に、あの世の出来事を、ポツポツと語り始めました。

 まず最初に、きれいなお花畑があったそうです。その先に目をやると、美しい女性が三人立っていて、手招きをしていました。そして三人は透け透けのネグリジェーのようなものを身にまとっていたと言うのです。

 Mさんは、この時ハッと我に帰り、家族のもとへ帰ろうと思ったそうです。これが再び心臓が動き始めた時だと言うのです。
「良かったですねー」と私は言いました。「ありがとうございます」とMさんは、しみじみと嬉しそうな顔をして答えました。

 隣にいたYさんも、遅ればせながらと口を開きました。

「そ の 女 達 は、シ タ ギ を ツ ケ テ イ タ か ?」

「ナ ニ イ ロ だ っ た か ? 」

「 ピ ン ク か ?  ナ ナ イ ロ か ? 」

 真面目なMさんは、思い出そうとしていましたが、「そんなこと、分からないよー。必死で引き返して来たんだから」と答えました。

 「Mさん困るじゃないか。ちゃんと見てきてくれなきゃあ。そこが知りたいんだから」と、Yさんは真面目なMさんを責め立てました。

 いや、前置きが長くなってしまいましたが、このスケベな、いいえ本当は真面目なYさんが、実は末期ガンの自然退縮の経験者なのです。
 自然退縮とは、治療とは無関係にガンが消える現象のことを言います。自然退縮学会というものもあります。

 このYさんのガンとの取り組み方に、自然退縮をした人達に共通するところがあって、私はよく、ガンを患った方にお話しすることがあります。
 手術を受ける方にも、化学療法を受ける方にも、西洋医学の限界を超えた方にも、参考になる話だと思いますので、次回、この内容についてお話します。



Yさんという人は、本当にいい人でした。彼のような人は表面とは違って、意外にも心の中には沢山の悲しみや苦しみを抱えているのではないでしょうか。
 彼は40歳の時に、スキルス性の胃ガンになりました。進行の早いガンですから、発見時には周囲のリンパに転移して、手遅れの状態でした。

 入院して何日目かのことです。彼の奥さんと担当医の先生が廊下で立ち話をしているのが聞こえてきました。
 奥さんの「うちの主人はどうなのでしょうか?」との問いかけに、担当医が答えた言葉が彼の耳にハッキリと聞こえました。「後、10日の命です」。

 「後、10日の命!」。彼の心に、何度も何度も、この言葉が響きました。その時、彼は自分のことは何も考えなかったといいます。妻の事。娘の事。かわいい息子の事。自分がいなくなってから困る家族の事を考えて、唇を噛み締めました。

 ・・・・(私は、この10日と言うのは、疑問があるのです。聞き違いではないかと思うのですが、しかし相当重篤な病状であったことは間違いないと思います)・・・・

 とにかく顔には出さなかったが、物凄い痛みだったと言います。彼には「後10日」という言葉を裏付ける為には充分な痛みでした。彼は、即座に決断しました。
 「家に帰ろう!家に帰って、残された日々を、家族と一緒に過ごそう!そして、父として、会社員として、これまでの自分のままで最期を迎えたい!」。こう固く決意しました。

 彼は、病院を退院しました。そして家に帰りました。そして家族と、彼なりに精一杯の一日一日を過ごす決意をしました。物凄い痛みを抱えて、会社にも出勤しました。通勤電車の中では気絶しそうなくらいの痛みだったそうです。
 それでも会社で机について仕事を始めた時は、言い様のない喜びがあったといいます。「後10日だ!」。「後10日だ!」。苦しい時に、何度も何度も自分に言い聞かせました。

 激痛が益々酷くなった10日目、彼は妻の背中を優しく撫でて、無言の別れを告げました。

 その夜は痛みで一睡もできませんでしたが、夜が明けて外が白みかけた時、彼はふと考えました。「待てよ!今日は11日目だぞ!1日儲けたではないか!」。そう考えたら、何故か嬉しくなってきました。
 その次の日も、その次の次の日も、毎晩心の中で、この世との別れを告げて、朝を迎えては、その喜びを心の底から感じて、全身で、全力で、喜んだと言います。

 彼はいつしか、『ガンはガン。俺は俺。』という、ガンの自分の中に、もう一人の元気な自分を作りあげてしまいました。そして激痛が、人事のように感じられるようになりました。気がつけば、1ヶ月が過ぎて、2ヶ月が過ぎていました。

 半年たったある日、彼は痛みがなくなっていることに気がつきました。
 彼は以前入院していた病院に行くことにしました。治ったとは思いませんが、お医者さんの制止を聞かずに病院を飛び出したお詫びと、今の身体の状態を、お医者さんに見て欲しかったのです。

 彼は病院に行き、入院していた時の担当医を訪ねました。お医者さんは、目を大きく見開いて、驚いた顔をしました。「Yさん、どうしたのですか?元気そうではないですか」。Yさんはニコニコ笑いながら答えました。「痛みがないのです」。

 この続きと解説は次回書きます。この話の中には、一見そうは思えないのですが、実は自然退縮の共通したパターンを見ることができます


Yさんは、この病院で入念な検査を受けて、ガンが消えたことが判明しました。いわゆる『自然退縮』です。

 自然退縮を知らない人もいらっしゃるみたいですが、ガンが治療とは関係なく、消える現象のことを言います。Yさんのようにお医者さんに検査しに行く人が少なく、正確なデータがありません。一説によると、ガン患者500人~1000人に一人起きるということです。
 今から20年くらい前に、NHKが「人間は何故治るか」というタイトルで、この自然退縮をテーマにした番組を放映しました。「幸せはガンがくれた」という本にもなりました。(創元社)
 私みたいな民間医療の場には、西洋医学で治らない人が沢山来ますから、こういう自然退縮の人にも出会います。私は、この自然退縮にずっと興味を持ち続けて、利用できそうな考えを、私なりに模索してきました。
 自然退縮学会というものもあるのですが、科学的なアプローチでは、何も分からないと聞きました。

 発ガン物質というのがあるように、私達が気がついてないだけで、逆にガンがなくなる食べ物もあるのです。ガンが消える何かのロジックが、科学ではない部分にあるかも分かりません。
 500年前の科学と今日の科学を比べて見て下さい。驚くほどの進歩があります。それなら今日の科学も、500年後の科学から見たら、幼稚で迷信だらけであるに違いありません。
 科学は無視してはいけませんが、完全ではありません。お医者さんから、「治りません」と言われても、希望を失ってはいけません。

 さて、自然退縮の人達とYさんの共通点を、私なりに探してみました。みんな何かのきっかけで、何かの幸運が重なっているのです。勘違いとか、思い込みとか、癖とか、そんなところにも注目してみたいと思います。
 
 Yさんは「後10日の命」だと言われました。確かにスキルス性の胃ガンは、乳ガンや肝臓ガンのような他のガンに比べたら、比較にならない程悪性度が高いです。でもYさんのように治るし、M市の市役所の職員にも自然退縮した人を私は知っています。同病の方は恐れることはありませんよ。
 ただ、Yさんのあの時の状態は、私は「後10の命」では、なかったような気がします。しかし彼は「後10日の命」だと信じたのです。これが彼の幸運でした。
 例えば、「後1年の命」と言われたならば、彼だって悩んだと思います。心の中は葛藤で埋まったと思います。
 しかし「後10日の命」と聞いて、彼は逆に、一切の葛藤も迷いも不安も、吹き飛んだのです。これは、自然退縮の人の共通点です。

 自然退縮の人達は、普通の人なんですが、何かのきっかけで、その人なりにこの病気について納得した人です。ガンを悟った人です。
 それから「ガンはガン、私は私」という、「ガンとは戦わず、ガンとは別次元の世界に生き場所を移した人」なんです。

 しかし、誰も、意志の力だけでは、そのような悟りは開けません。だから私は、それに代わる方法を色々考えて、他人にも自分にも活用して、確信を得ているものがありますので、現在闘病なさっている方の為に、これから書いてみます。この病気ではない人も参考にして下さい


人間って、そんなに強いものではありません。

柔道で、関節技をきめられて、ギブアップしない人は一人もいません。女性でしたら出産の苦しみを考えてみて下さい。あれは出産だから耐えられるのです。病気だったら耐えられるでしょうか?
学校で“いじめ”があります。子供がズタズタに傷ついた心の治療で、私の所に来ます。とても耐えらる心の苦しみではないということが、私には分かります。
高い絶壁の上に立たされて、平気な人はいないでしょう。不安や恐怖がずっと続いたら、誰だってノイローゼになります。

ガンという病気は、そんな身体と心の苦しみを、全てかき集めたような病気です。戦って、勝てる人なんか、この世に一人だっていません。
映画や小説は、人を感動させることが目的ですから、“ガンと戦って、その恐怖や、身体の痛みを乗り越える姿”を描くのです。しかし現実は違います。

ガンの苦しみに耐えられない自分のことを、悩む人がいます。私は100%勘違いしていると言い切ります。お釈迦様だって、キリスト様だって、ガンは耐えられない苦しみです。
でも、精神的な苦しみからは逃れる方法がいくつかあります。身体の痛みだって、試して欲しいことがいくつかあります。戦う術はあるのです。

まず、息を「フー」と吐いてみて下さい。肩の力が抜けることが分かります。

『ガンという病気は、固まろうとする病気なんです。身体や心がリラックスすることを極端に嫌がる病気なのです』。このことをよく覚えていて下さい。

息を「フー」と吐いて肩の力が抜けたら、ガン細胞が1個消えると思って下さい。

人間は息を吐きながらマイナス思考はできません。息を止めたり、息を吸いながら、マイナス思考をします。
息を「フー」と吐いて、息を吸うのではなく自然に任せて下さい。「スッ」と一気に息が入ることもあるし、「スー」とゆっくり息が入ることもあります。呼吸はファジーでいいのです。

不安恐怖が少しでも頭をよぎったら、息を「フー」と吐いて下さい。不安恐怖は、あなたを守る為にあるのです。「今、あなたに何かをして欲しい」というシグナルなのです。
そんな時、息を「フー」っと吐いて下さい。不安と恐怖がなくなるとともに、今のあなたに必用な生理的変化が起こります。

神様は、人間に、一つだけ意志で自由になる生理を与えました。それが呼吸です。呼吸で心をコントロールする事ができます。ヨガでは、呼吸で身体もコントロールします。

いつでも、息を「フー」と吐いて下さい。入るのは自然に任せて下さい。すぐに癖になって、夜寝ている間も、こんな呼吸に変わります。全身の力が抜けた状態の睡眠に変わります。これがあなたの生理を大きく改善します。

直接会っていただければウソでない事が分かるのですが、私には生まれつきの特殊な能力があります。
 気功がそうです。ある畜産獣医大学の付属病院で、動物に私が術を施して、学問の常識では説明がつかないことが起こって、先生方を驚かせたことがあります。
 それから患者さんの悪い臓器の経絡や経穴に私の指先が軽く触れると、自然に指先がポッと熱くなります。初めての患者さんはビックリします。
 “気”に対する特殊な感性があって、場所のエネルギーや物のエネルギーが敏感に感じ取れます。本屋さんに行って、解剖学の本が何冊も並んでいて、どれにしようかと迷った時、本の気で選びます。まず間違いなく、後で考えて一番適切なものが選べます。

 でも、私も人間ですから、能力には限界があります。間違いだってあります。そこで2つのことを、自分にいつも言い聞かせています。一つは「能力を善用すること」、もう一つは「能力に対して謙虚であること」です。

 もう随分前の話になりますが、私は部屋にこもって、気の研究をしていたことがあります。お経や祝詞の気。石や植物の気。神社や教会の気。ヒマラヤや宇宙の気。こういうものが、何か医療に役立てられないかと、研究に熱中しました。

 そんな中で、言葉のエネルギーに、特に関心を持ちました。言葉の意味と言葉のエネルギーは、違う概念です。言霊(ことだま)という概念が、言葉のエネルギーを指すものす。色々な言葉を紙に個別に書いて、その紙を手に持ったり胸のポケットに入れて、時間をかけて、エネルギーを入念に調べました。

 「南無阿弥陀仏」という言葉は、自我を小さくするエネルギーです。「植物」という言葉は、表現のしようがないくらいいいエネルギーでした。「喜び」という言葉のエネルギーは、無条件で嬉しくなるエネルギーでした。そんな中で、私は、ガンのエネルギーと拮抗するエネルギーの言葉を見つけました。それは「ありがとうございます」という言葉です。

 私はこれを科学としてとらえています。ガン患者の方に実験していただき、私自身が試して、痛みや病状が改善する現象を確認しました。
 これは感謝の気持ちとは無関係です。心の中が不平不満や憎しみの感情で溢れていても、全く関係ありません。
 この言葉を呪文のように唱えると、身体のあちこちの組織がゆるむのが分かります。「ガンは固まろうとする病気」と前回お話しましたが、この作用と拮抗するエネルギーです。

 肺ガンの人は、呼吸がし辛く、このことが不気味に思えます。この言葉を唱えていると気管が開いて呼吸が楽になります。お医者さんから病状の説明を受けて、不安で夜が眠れない人も沢山いらっしゃると思います。こういう人は、この言葉を唱えていると、不安が消えます。

 一つだけ注意して欲しい点があります。「感謝しよう」と思わないで下さい。そうすると心の中に葛藤が生まれて、逆効果です。この言葉を唱えていて、逆に「不平不満」や「憎しみ」の感情が沸き起こっても、そのままにしておいて下さい。
 ただただ、病気が治る為の呪文だと思って、素直な願望を「ありがとうございます」という言葉に託して下さい。その方が、良い結果につながります。



私が、ガンになった時、全身にダイナマイトをぐるぐる巻きつけて、火をつけて、木っ端微塵に身体を吹き飛ばしてやろうかと、何度も考えました。ダイナマイトが簡単に手に入ったら、本当にそうしたかも分かりません。それくらい苦しかったのです。一日中満足に呼吸ができませんでしたから。
 それに、死に対する本能的な恐怖が、一日中続き、自分を苦しめました。「誰かを殺したら、お前を助けてやる」と言われたら、そうしたかも分かりません。追い詰められた人間の心理って、そういうものなのだと思います。

 しかし、そんな自分を奮い立たせたものは、「こんな苦しみをかかえている人が世の中には沢山いる。その人達の為に戦ってやろう」と思った時、魂の底から物凄いエネルギーが沸き起こったことによります。それは自分でも信じられないような勇気でした。

 怖いのです。苦しいのです。くじけそうになります。しかし「同じ死ぬなら、前に倒れて死のう」。「進軍ラッパを吹きながら、一歩でも前に突き進んで、死のう」と思いました。その進軍ラッパが、この「ありがとうございます」でした。

 この言葉の唱え方にはテクニックがあります。同じことを朝から晩まで毎日続ける訳ですから、10分くらいすると嫌になります。だから私は、その対策をいくつか考えました。
 ①10分毎に姿勢を変えます。立つ、椅子に座る、横に寝るといった具合です。
 ②対象を変えるのです。「ただ、唱えるだけ」というのもいいと思います。次は、「目に見えるもの」、例えばカーテン、窓、椅子、机、そんなものです。それから「頭に浮かぶもの」。これは変なことがいっぱい頭に浮かびます。でも感謝とは関係なく唱えている訳ですから、いいのです。
 ③気分を変えるために、海や山に向かって唱えている自分の姿をイメージしたり、何処かの舞台に立っている自分の姿をイメージしたりしました。

 ④これはちょっとした発見でしたので是非試してみて下さい。講談社から「からだの地図帳」という本が出ています。ああいうものなら何でもいいと思いますが、身体の構造の図を見ながら、唱えます。
 胃とか肝臓、食道、脳、脳の中の細かい部分、血管、神経、皮膚のパーツに対して唱えます。
 これは効果がありました。これを始めてから身体が急激に変わりました。身体がゆるむのです。身体の中の部分部分が柔らかくなっていくのです。ガンが嫌がっているということがよく分かりました。
 
 私の最悪の状態は、2ヶ月間続きました。殆ど寝ていませんし、食べたものは、リンゴを刻んでヨーグルトかけたものが、毎日少しだけでした。
 それでも私は仕事をしていました。ガンの方の治療もしていました。私の治療で、ほとんど良くなられている人もいました。大腸ガンの手術をなさった方ですが、肝臓に転移していて、それが、お医者さんが首をかしげるくらい好転していました。だから私は仕事を止める訳にはいかなかったのです。「ガンがガンを治療するなんておかしい」と独り言の冗談をよく言いました。
 ガンが、悪化している人もいました。「先生、死ぬって、怖いですか?」と聞かれました。私はドキッとしました。「僕の方が先に死ぬのかも知れないのに」と思いましたが、「そんなことはないですよ」と答えました。
 しかし、この頃から、私がガンに勝てなくなりました。通って来られていた3人のガン患者は、3人とも急激に悪化しました。「助けてあげれなくて、ごめん!僕はもう限界だ!もうガンの治療はしない。こんな悲しい思いはしたくない。」と、心から思いました。

 仕事を終えて、私は夜は殆ど眠れませんから、私自身との戦いを一晩中しました。そんな私自身との戦いが始まって2ヵ月後、私は『ガンはガン、私は私』という不思議な気持ちになりました。症状はあるのに、私とは関係がないと思えるのです。これが私がよく言う『脳の中にある自然退縮のスイッチ』なのです。

 その日から、私は急速に良くなっていきました。私が良くなった原因の7~8割はこの「ありがとうございます」で、その7割が身体の解剖図を見ながらの「ありがとうございます」でした。


私は、多くの人に、この「ありがとうございます」の話をしてきましたが、どうしてもほとんどの人が“感謝”と結びつけて考えてしまうのです。
 もちろん物事や人に感謝することは、悪いことではないのですが、極端な身体の苦しみをかかえている人に対して、感謝をしなさい言うのは、酷です。
  死の恐怖に怯える人に感謝を言うのは、物凄く大きなストレスを与えて、さらに苦しめることになります。

 だから、私は念を押すのです。『私が、今言っている「ありがとうございます」と、「感謝」は全く違います。病気が治ったら、神仏や家族に感謝して下さい。しかし、今は病気を治さなければなりません。
 ですから、今は、「病気を治したい」という素直な気持ちを、言葉を変えて「ありがとうございます」と言って下さい。感謝しても感謝しなくても、「ありがとうございます」の言葉のエネルギーは、同じように身体に作用します。その事は、私が経験済みです。』と。

 ところが、こんな不思議なことがあったのです。私は、みなさんの頭を混乱させたくない為に、これまでに人に話したことはなかったのです。

 講談社の「身体の地図帳」を見ながら、「ありがとうございます」を唱えていた時のことです。ふと「こんなに多くの臓器が1秒も休むことなく、1年365日、私の為に働いてくれてたのか」。「心臓!腎臓!肝臓!血管!皮膚!脳の前頭葉!側頭葉!頭頂葉!後頭葉!」。「目だって、口だって、耳だって!鼻だって!」・・・・。
 この内臓に「ありがとうございます」を言い続けていたら、この内臓と、この内臓を動かしている神様に、大きな感謝の気持ちが生まれて涙が出て止まらなくなりました。その上、神様の大きな愛情が理解できました。

 それまでは、自分だけを愛してくれて、自分以外の人を愛さないような差別の上に成り立っているものを愛だと思っていたのですが、「神様の愛情はその差別のない愛なので、これまで感じ取れなかった。しかしあったのだ」と、この時素直な気持ちで理解できました。私は、何故か非常に満ち足りた気持ちになって「もう、何も欲しいものはない。死んでも満足だ」という気持ちになりました。

 身体って、生まれてから死ぬまで、ただの一度も「ありがとう」と言われないばかりか、ちょっとした不調があると邪魔者扱いされたり、嫌われたり、怒られたりして、それでも何も見返りを求めず、力の限り、私達の為に一生懸命に働いてくれています。
 私はこの事に気がつき、呼吸が満足にできなくなった肺に「僕が悪かった。もう決して君の事を悪く思わない。生まれてから今日まで僕の為に一生懸命働いてくれてありがとう。僕は100%君に感謝する。例え、今呼吸が止まっても、君に対する感謝の気持ちは変わらない。本当だ。」と言いました。

 実は、私はここ4年連続で、肺に影が映っています。全く心配はしていませんが、この気持ちは今も変わっておりません。

私は、時には科学を離れて、病気の原因を探ることがあります。

原因不明の腰痛で、半年間歩けない女子高校生がいて、私がその子の胸の上に「南無阿弥陀仏」と書いた紙を置いた途端に、痛みが半減しました。
 高校の女の先生が、修学旅行で生徒を引率して、多くの人が亡くなった戦地の跡を訪れた途端に、体調が悪くなって私のところに来られました。私がその方の背中から首にかけて手で払ったら、スッと不調が消えてしまいました。
 家族が入れ替わり立ち代り病気になったり、交通事故に会って来られるので、私は心配になって、その方の住まいのマンションを訪れました。部屋は3階にありました。私が「この下の部屋に、何か問題があるはずです」と言いましたら、「2階の部屋は何回人が入れ替わっても、警察沙汰の事件があって、1階の部屋は、このマンションのゴミ置き場になっている」という話でした。

 あまり気味のいい話ではありませんが、全くない話ではありません。深く解説はしませんが、対策だけお話します。

 この世で最上のエネルギーは、植物です。植物は全ていいのですが、そのエネルギーに強い弱いがあります。その中で、最も強いのは、かんきつ類、お茶、枇杷(びわ)です。

 この3つの中で、鉢として手に入りやすいのは“みかん”だと思います。これの幹でも枝でもいいですから、テレビでも見ながら毎日30分から1時間くらい触っていればいいと思います。これは邪なエネルギーを祓います。ガンに限らず、医学的に治らないと言われた方の3%くらいに、高い効果を現します。
 みかんの鉢は1500円から2500円です。鑑賞用としてもいいし、一家に一鉢あってもいいかも分かりません。私は、治療用として、必ず何鉢かは育てています。脳疾患や精神疾患などにも効果があるからです。室内を嫌いますので用が済んだら外に出して下さい。

 高いお金を払って気功治療を受けるよりも、ずっといいです。あんな上質なエネルギーを手から出せる人などいません。精神的な疲れをおぼえている人にもお勧めです。東京や大阪、名古屋のような都市部の、ビルの谷間で生活されている人にも、お勧めします。植物のエネルギーが欠落しているからです。

 実は植物に触れること自体が、立派な治療なのです。お百姓さんが、あんな重労働をしている割に元気なのは、植物のエネルギーをいただくからだと思います。
 みかんを試してみて、私はあらためて驚きました。実は目に見えない邪なエネルギーの被害を一番受けているのは、私達のような医療従事者です。

 次回は気功、霊術と、暫く話が科学から離れてしまいますが、こんな話が嫌いな人はご容赦願います。科学で解決しない病気の話は、どうしてもこんな話が多くなります。



気功には、太極拳のような“内気”(ないき)と、気功治療家による“外気”(がいき)があります。私は、元々は外気の治療家で、実績が全くない訳ではないのですが、色々なケースを考えて、ガンの方には内気をお勧めします。内気の方が治癒率が高いと思います。私が日記でご紹介した「呼気中心の呼吸法」や「ありがとうございます」も内気の一種です。

この二つに加えて、もう一つ推薦したいものがあります。私は一時、戦前の日本に流行した療術や霊術のようなものを調べたことがあるのですが、その中で、一つ非常に注目したものがありました。昭和初期に活躍した松原皎月(まつばらこうげつ)という治療家が考案した、『陽気吸収法』です。これも内気の一つです。

私はガンの方に、「入院する病院の中で、部屋が選べるのなら、日当たりのいい部屋にした方がいいですよ」と言います。健康な時には、その有難さが分からないのですが、病気になると、太陽の有難さが身にしみて分かります。あの明るさと暖かさは身体も心も癒します。メラトニンの産生に関係しますから、睡眠とか免疫にとっても有利です。
私の治療院名も、「太陽のエネルギーを、病気の人にいっぱい分けてあげたい」と思ってつけた名前なのです。私は、太陽のエネルギーは命の源だと思います。

「陽気吸収法」は、そんな私が飛びつきたくなるような療法でした。誰でも簡単にできますので、ここにご紹介します。

①晴天の早朝、東の方角にある太陽に向かって直立します。
②左右の足を30Cmほど開いて立ち、両手を前方に差し出します。
③両手の掌面を太陽に向けて、左右の親指と親指、人差し指と人差し指をくっつけて三角形を作ります。
④この三角形の中に太陽を入れて、口をすぼめてスゥーと太陽の光線つまり陽気を吸収します。
⑤陽気がお腹にいっぱいになったら、頭を下げて、地上にハァーと息を吐き出します。この時邪気が口から出ていきます。
※以上の動作を20回連続で行います。

私は、肺ガンになった時、呼吸ができなくて、死にたいくらい辛かったのですが、これを始めたら、すぐに呼吸が楽になりました。私と同じ悩みを持つ肺ガンの方に教えてあげたら、その方も楽になったと言って大変喜ばれました。

実は、この療法を考案した松原皎月(まつばらこうげつ)は、物凄い人気だったみたいです。多くの論文を書き残しておりますが、27歳の若さで亡くなりました。天才治療家でした。
これは肺ガンのみならず、万病に有効で、健康増進にもなると思いますので、一度はどんなものか試して見て下さい。

私はこの動作を20回を1セットとして、3セットくらいを晴れた朝おこないました。
ゲスト
投稿日時: 2010-5-18 23:33
Re: 太明堂さんの「がんが治った話」
その2

予防の話でもしましたが、健康食品の一押しは、マイタケの煮汁です。ただし、無農薬で、熟成栽培のものが推薦です。良質なマイタケを入手することが困難ですが、探してみて下さい。私は群馬県でいい農家を見つけました。
 海藻は、どちらかと言うと予防向きです。何故なら、一度に沢山食べれないし、長く食べ続けると飽きます。飽きない程度に少しずつ食べて下さい。

病気の人は、どうしても夜が眠れない人が多いのです。運動不足や精神不安、病気による身体の痛みなどが原因です。睡眠薬を飲むのも、解決策かも分かりませんが、アメリカにメラトニンという催眠効果のある健康食品があります。これは睡眠薬のような副作用や習慣性がありませんし、安い健康食品です。
 これが発売になった15年前、早速アメリカから5種類の製品を取り寄せて、仲間と比較テストしたことがあります。その時の仲間と私の共通した感想は、①「睡眠薬ほど、強くはないが、催眠効果は確かにある」、②「その効果は、メラトニンの含有量に比例しない」、③「テストした5種類の中では、メラトニン・プラス(Melatonin Plus)という製品が一番良い」。この3つでした。

 病気の人は、一般的に便秘になりやすい傾向があります。動けない人は特にその傾向があります。
 これもいきなり下剤を飲む前に、フラクトオリゴ糖を試してみませんか?フラクトオリゴ糖を飲むと、ビフィズス菌が増えて便秘も改善しますし、腸免疫を高めます。純度100%の製品なら血糖値を上げません。これは1ヶ月分が1500円です。ただし、これを飲むと逆に便秘がひどくなる人もいます。こういう人は腸が蠕動運動をしていない人で、下剤も効かない人だと思います。
 同じ整腸の目的で、ヨーグルトを少し多めに食べてもいいと思いますが、できればカスピ海ヨーグルトのような自家製をお勧めします。その主な理由は、甘味料の量的質的な調整ができる点です。

 以前、離婚した直後にガンになった女性から相談を受けたことがあります。彼女は、生活費すら満足にないくらいお金に困っているとのことでした。しかし、「お医者さんの治療以外に、何かしないと不安です」と言われました。この気持ちはよく分かります。私はこの方に、次のようなアドバイスをしました。
 ビタミンCは抗腫瘍作用があります。通常売られている製品は、甘味料などの不純物が入っていますが、お医者さんに言えば、純粋なもの(アスコルビン酸)を、かなり安い価格で出していただけるはずです。これを1日500mg~1000mgでいいですから、舌の下で少しずつ溶かしながら飲んで下さい。この方が喉から飲むより血中濃度が高まります。これが意外にいいのです。

 私が良いと言うものは、お金がかからないものばかりです。
“ツボ”、“呼吸法”、“ありがとうございます”、“陽気吸収法”がそうです。健康食品は絶対に必用なものではありません。お金がなくても心配ありません。


いきなりマラソンコースを走って下さいと言われても、42Kmを走るのは大変だと思いませんか?ところが、ガンと戦うということは、10000Kmを全速力で走るようなものです。よそ見も、休憩も許されません。でも、意外に簡単です。
 3000mの山を、重たいリュックを背負ってどうしたら登れるでしょうか?それは3000mを登るのではなくて、1歩登ることと同じなのです。1歩登ることができれば、3000mだって6000mだって登れます。それは1歩の繰り返しだからです。

 例えば、“読んで、ガンが治る話!(5)(6)(7)”でお話しました「ありがとうございます」を“身体の地図帳”を見ながら、一度は時間を作って徹底的にやってみれば良いと思います。それは自分の為に、家族の為に、友人知人の為に、必要な体験です。
 実験の時は、声をハッキリと出した方が良いと思います。車の中が周囲を気にせずにできて、意外にいいかも分かりません。一度徹底的にやれば、身体の変化が体験できて、これが事実であることが分かります。「感謝の気持ちがないのに、身体の変化が起きる。これが言霊(ことだま)の力なんだ!」と分かれば良いのです。これが第一歩です。小さくても、一つ確信が持てると、大きな自信につながります。

 「ありがとうございます」は特に『脳』を重点的にやって下さい。私は未来の医学は、『脳』だと思います。人間の身体や心を動かしているのは、脳です。ここに全てがあると言っても大きな間違いではないと思います。
 胃を動かす部位、心臓を動かす部位、肝臓を働かせる部位、腎臓を働かせる部位、免疫の部位、ストレスやトラウマを蓄積する部位、DNAを維持する部位、等等。脳に全てがあります。そして意外に簡単に修正ができます。

 未来の医学では、この各部位に適切な刺激が加えられて、身体を治療する時代が必ず来ます。ガンや白血病はもちろんのこと、膠原病(≒自己免疫性疾患)やリウマチ、喘息、潰瘍性大腸炎、パーキンソンのような難病、筋肉痛のような一見脳と関係のない疾患でさえも、脳への刺激で治る時代が必ずきます。意外に早くそんな時代が来ると、私は予測しています。

 皆さんは、時代を先取りして、一度実験してみて下さい。できれば、身体の地図帳程度の詳しさで書かれている脳の解剖図を見て、「ありがとうございます」を繰り返し唱えてみて下さい。そこを意識すること自体が、既に治療になっています。

 ストレスやトラウマの解消は海馬がいいですよ。その他の脳の各部位の細かい働きは知っていても知らなくてもいいですから、やってみて下さい。大脳のあちらこちら・中脳・小脳・間脳、橋、延髄、そして首から腰にいたる脊髄を中枢神経と言いますが、これが非常に大切です。
 これが終わったら内臓や筋肉、骨、皮膚もやってみて下さい。女性は健康にもなりますし、瑞々しい若さを取り戻します。これも未来の医学です。

 身体に対してやってみて、疲れたら窓の外の景色を眺めてやってみて、また室内の目に入るものにやってみて、そして心の中にあるものに対してやってみて、また身体の地図帳を見てやってみる。
 同じ姿勢だと疲れるし飽きるから、時々姿勢を変えてやってみる。私はガンだった時に、こんなことを毎日毎日何時間もやっていました。そのうち『ガンはガン、私は私』という、私がよく言います脳の中にある自然退縮のスイッチが入りました。


前回の日記に書きました『脳の医術』は、夢の医療です。無限の可能性があります。

私の治療の師匠がこの『脳の医術』を得意とした人で、彼の治療による奇跡を私は何度も見ました。
知能指数が30くらいの重度の障害者が、普通の人になりました。癲癇(てんかん)、軽度のパーキンソン、重度のアトピー、花粉症他様々な難病が奇跡的に回復したのを、私は何度も見ました。
ガンに関しては、私の師匠は慎重な人でしたが、私の友人のお母様を5~6回の治療で完治させたのを一度だけ見たことがあります。しかし、ガン治療は気を受けるので、手技療法では、してはいけないという考えだったようです。
 それはともかく『脳の医術』が西洋医学の上で実現したら、非常に多くの難病が治ることは間違いないと思います。

さて、もう一つ、西洋医学が飛躍的に進歩すると考えられる点があります。
戦前の日本で、東洋医学の原理を西洋医学的に解明しようという動きがありました。東京大学などでも盛んに研究が行われ、その記録も残っておりますが、失敗に終わりました。

 私は、気そのものを視覚的に見えるようなエネルギーの変換装置が作られれば、東洋医学の原理が科学的に解明されると思います。
気は、まるで血管を流れる血液のように、経絡という通り道を流れて、身体中を循環しています。その中継地点、例えて言うならば電車の駅のようなところを、ツボ(経穴)と言います。

 この気の流れが止まった状態を「気が止む(やむ)」と言い、→「気が病む」→「病気」と呼び名が変わりました。病気は気の流れが止まった状態のことです。東洋医学では、ツボに刺激を加えて、気の流れを修復して病気を治します。

 従って、気の流れを機械的に診断して、流れが止まった経絡に反応するツボを自動的に刺激する機械が発明されたら、医学は画期的な進歩を遂げるでしょう。ガンは全身の気の流れが、全て完全に止まってしまう病気です。このような機械があれば、ガンに対して大きな有効性を実現するに違いありません。

 私はガンになった時、この二つのことが頭にあって、『脳』に対して「ありがとうございます」という言葉のエネルギーを送り込むことを心がけるとともに、『全身の気の流れ』を実現する為に経絡の気を何度も何度も動かしました。
この“気を動かす方法”と、もう一つ私が試して、ほとんどの人に効果が高かった“リンパの活性法”を次回ご紹介します。


勝敗というものは、何によって決まるかと言いますと、それは力の優劣ではなく、『勢い』によって決まると、私は思います。
 織田信長の桶狭間の戦いだって、山の上から敵を見下ろして、山を駆け下りて死ぬ覚悟で戦ったから、織田軍は10倍の軍勢の敵に勝ったのです。その勢いが大切です。

ですから、私の日記を読んで、分からないところがあっても、勢いをなくしてはいけません。「分からない。分からない」と思い悩むと勢いがなくなります。
 私の書いた文章からエネルギーだけを吸収して、出来ることだけを実行すればいいのです。シリーズの冒頭でご紹介したYさんは『勢い』だけガンにで勝った良い実例です。

 これからお話することは、少し分かりにくいので、話としてだけ読んでいただければ結構です。
 人間の身体には経絡という気の通り道があって、ちょうどそれは鉄道の線路のようなものです。線路はみなつながっているのですが、場所を区切って東海道線・東北本線と言ったような名前がついています。経絡も同じように全部つながっているのですが、場所を区切って肺経とか大腸経とか胃経といった名前がついています。
 線路には駅があります。これが経絡だとツボ(経穴)になります。

 例えば東海道線の東京・新橋・品川というように駅名を順番に言える人がいますが、これと同じように経絡のツボを肺経の中府(ちゅうふ)・雲門(うんもん)・天府(てんぷ)・侠白(きょうはく)というように気の流れに従ってツボを順番に手で押えていき、手の届かないところは意識をそのツボに集中させるという方法で身体を一周させます。これが自分で自分の身体に施す最高の治療だと、私は思っています。
 しかし、これができる人は、プロでも少ないと思います。その“できない理由”を解説すると長くなりますので止めます。この話は頭の片隅に置いておくとして、皆さんは出来る事だけをして、『勢い』を大切にして下さい。

 さて次に、誰でも出来ることで、ガンにも強烈なダメージを与え、しかも美容にもいいという夢の健康法を紹介します。
 ガンと戦う主役は、何と言ってもリンパです。リンパは全身を網の目のように走っているリンパ管を流れています。このリンパが元気なら、ガンなど恐くありません。
 そして、足の付け根の“そけい部”とか“腋下”(わきの下)とか首には、このリンパの基地があります。ここをリンパ節と言います。
 リンパには種類があるのですが、エリート幹部のTリンパはリンパ節で育ちます。(若い時は胸腺で)
 このリンパ節を軽く撫でれば良いと思います。「ガンバレ!ガンバレ!」と気持ちの上で、鼓舞して下さい。屈強の軍隊が動きだして、あなたの身体を守ります。次回、もう少しこのリンパの話をします。



血液は赤い液体のように見えますが、実は透明な液体に赤い球が沢山浮いているので、赤く見えているだけです。
 これを試験管に入れて、遠心分離機にかけると、真っ赤な部分と薄い黄色の透明の部分に分かれます。そしてその間に少しだけ無色で透明な部分が見えます。
 赤色の部分は赤血球です。少し黄色がかった透明の液体は血漿(けっしょう)です。赤血球はこの血漿に浮かんで全身に酸素や栄養を運びます。

 そして、この二つの間にはさまれてる少量の無色透明の部分が今日のテーマです。
 これは血小板と白血球です。血小板は血管が破れた時に、そこにペタペタペタっと張り付いて出血を止める役目をしています。
 白血球は外敵と戦う戦士達です。よく「膿(うみ)が出る」と言いますが、あれは外敵と戦った白血球の死骸のことです。

 この白血球には、好中球、好酸球、好塩基球、単球、リンパ球といった、いくつかの種類がありますが、ガンとガチンコ勝負をするのはリンパ球です。私はガンになった時『南無リンパ大明神』という気持ちになりました。

 決戦の時です。天下分け目の戦いを自分の為にしてくれているのです。玉砕の精神で、自分の為に喜んで死んでくれるリンパを応援しないで、どうするのですか。
 「ガンが悪化するのではないか?」と心配している場合ではないのです。リンパ球は怯むことなくガンに体当たりをして、私の身代わりになって死んでくれています。この忠誠の勇者達を見捨てて、大将たる私が逃げてどうするのですか?未来永劫の悔いを残すことになります。

 私は、リンパ節をさすりながら「ガンバレ!ガンバレ!」「ありがとう、僕の為に戦ってくれて!」「生きるも死ぬも一緒だ!」と声援を送りました。すると、どうでしょうか。全身が熱くなり、身体の奥から力強いエネルギーが沸き起こりました。「勝つぞ!」。私は、固く心に誓いました。




今から20年以上前の話ですが、私は山で遭難したことがあります。3月の終わりの北岳です。
 日本で富士山に次いで高い山です。3月の終わりとは言え、山の気温は-20度以下の寒さです。雪は何メートルも積もっています。背中に40Kgの荷物を背負い、雪をラッセルして登ります。1時間で100m進むのがやっとでした。ただでさえ、ハードな登山である上に、春山は雪崩の季節です。危険極まりない登山でした。
 
 初日は天候が良かったのですが、2日目に入って天候が崩れ、頂上の少し手前でテントを張り天候の回復を待つことにしました。
 3日目の朝、目覚めた時、テントの外がいつもと様子が違うことに気付きました。テントの中が薄暗く、全体が外から押されている感じがしました。どうやら昨日降った雪で、テントがすっぽり埋まってしまったようです。モグラのように雪を掻き分け、なんとか地上に出ることが出来ました。

 いつも一緒に登る4人のメンバーは、気心が知れた仲間でした。山頂手前でしたが、天候が悪かったことと、残りの食料や燃料が少なくなっていた為、登頂は断念することにしました。
 とは言え、引き返すことが一概に安全とは言えないのです。山はガリガリに凍っていて、その氷の上に一晩で2m以上の雪が降った訳です。雪崩が起きないことの方が不思議でした。しかし、ここにとどまって救援を待つとしても、直ぐに救援が来ればいいのですが、その可能性は少なく過労凍死することは目に見えています。 

 つまり、どちらの選択をしたら助かるかではなく、どちらの死を選ぶかの選択でした。山を降りて死ぬか?ここにとどまって死ぬか?、そんな選択でした。

 私達は、下山を強行することに全員一致で決めました。この時、別グループのエベレストに何度も行っているベテラン登山家は、山頂付近にとどまる決断を下しました。
 
 私が体力的にも一番優れていた為、先頭を歩きました。足を思い切り振り上げ、努めて元気良く歩きました。みんな無言でした。何も考える余裕がなかったと思います。言葉にはできない不安で、いっぱいだったと思います。私が元気良く歩いたのは、そんな凍りついた心を、少しでも奮い立たせたかったからでした。

 長い急斜面に差し掛かった時に、今思えば当たり前のことなのですが、物凄い轟音とともに、私達をすっぽり包み雪崩が起こりました。雪崩は映像で見るのと、実際に会うのとでは全く違います。特に氷の上の表層雪崩はスピードが速く、2m以上の厚さの雪が何キロもの距離を、風のスピードで雪崩れました。何も考えることのできない一瞬の出来事でした。

気がつくと、4人が全員しゃがみこんでいました。暫くは動けませんでした。人生の中の驚きをひとまとめにしても足りない程の驚きでした。立ち上がってみて気がついたのですが、私達4人が立っていたところだけが雪崩を免れて、雪がそのまま残っていたのです。信じられない出来事でした。

 これから先、ふもとにたどり着くまでは、危険と恐怖の連続でした。2日間“飲まず・食わず・寝ず”の強行をしました。夜は真っ暗で、常に道の片方は絶壁の急斜面で、いつ滑落してもおかしくありませんでした。立ち止まれば誰かが寝てしまい、ほっぺたを思い切り叩いて起こそうとしている人間が、叩きながら眠る、そんな体力の限界を遥かに超えた壮絶な下山劇でした。

 全くの奇跡としか言い様がありませんが、深夜の1時にふもとの山小屋にたどり着きました。私たちは、そのままバタッと倒れこんで寝てしまいました。翌朝目が覚めた時、やっと生きて帰れた喜びがこみ上げてきました。

 東京に帰って、フォーカス誌を読んで、北岳で下山しなかった方が亡くなったことを知りました。「エベレストにも登ったベテラン登山家の死」といったタイトルでした。この方と私達のどちらの判断が正しかったとは言えません。私達の方が死ぬ確立は高かったのかも分かりません。皮肉なものだと思いました。

 私が今から4年前、ガンになった時、やはり私は同じような決断をしなければなりませんでした。病院に入院してベッドの上で死ぬか、自分流の闘いをして自宅か道で倒れて死ぬか、どちらにしたって死の選択です。
  私の治療の師匠は、直ぐに入院をするよう何度も電話をかけてきました。呼吸もできず、睡眠もとれず、食事もとれない私には、もう一切の可能性がないと判断したのでしょう。日頃仲の良い師匠と、私は連絡を絶ちました。私はこの病気と刺し違えて死ぬ覚悟を決めたからです。

 私が闘いを選んだのは何故だか分かりますか?私はじっとして死を待つのが恐かったからなのです。
 山で下山を強行したのも、じっとして死を待つのが恐かったからなのです。

 戦前、ピストン堀口という強いボクサーがいたそうです。まるでピストンのように連続してパンチを繰り出すので、そんな名前がついたそうです。「何故そんなに沢山パンチを繰り出すのか?」と尋ねられたら、「相手のボクサーが恐いからだ」と答えたそうです。
 私がこの日記に沢山書いているガンの克服法に、100%の科学性はありません。しかし、私は少しでも可能性のあるものは、24時間ピストンのようにし続けました。そうしていると私は恐さから解放されるからなのです。
 しかし、そんなある日、「こんなにやっているのだから、ガンに負けるはずがない」という自信が、突然湧いてきました。恐怖が私を動かし、恐怖が私に自信を与えてくれたのです。

 『恐怖が、私を救ってくれた』と、私は今、この二つの出来事について、考えています。

 『恐い』という気持ちを、恥じる人がいます。心の弱さだと思っている人がいます。それは間違っています。恐怖は私達を人生の危険から何度も救ってくれた、大切な心です。



心の強さって何なのでしょうか?私は、精神的に弱いどころか、強迫観念で50年以上苦しんでいる人間です。私の生い立ちがそうさせたのです。私の心は幼い時に、心無い大人からズタズタにされて、血だらけになりました。
 だから、心の弱さなら、誰にも負けない自信があります。心の弱さを知り尽くしているとも言えます。

 人間には二通りあって、恐いものに出会った時に、立ち止まる人と、走って逃げる人がいます。どちらも弱虫だから、そうするのです。
 何かと戦うといっても、勝てると分かった時に、戦うだけです。
 負ける相手と分かった時、それは表面的に戦っていても、心の中では降参しているのです。だから“死の覚悟”をします。

 山なんて喧嘩して勝てる相手ではありません。だから死の覚悟をして、必死で歩いたのです。
 ガンなんて喧嘩して勝てる相手ではありません。だから死の覚悟をして、必死で治す努力をしたのです。
 一見勇気ある行動に見えますが、「恐い恐い恐い」という思いが、一歩一歩という足取りになっただけです。「恐い恐い恐い」という思いがガンと戦う何かの行動になっただけです。

 勝てない相手と出会った時、何でもいいのです。自分に出来ることをすればいいのです。他人の行動を見て、「私にはできない]][[私にはできない」と思う人がいますが、自分に出来ることをしないからいけないのです。

 「幸せはガンがくれた」というガンの自然退縮の体験集で紹介された小山王(こやまつかさ)さんと言われる方がいます。彼は、「余命3週間」と医師から宣告されました。すい臓ガンが肝臓に転移した最末期のガン患者でした。
 何ヶ月も食事がとれず、痛みがひどくてモルヒネを何本打っても効かず、痛みで全身が痙攣を起こしたり、痛みで一日に何度も気絶をしました。
 この人は「人間は動物だ。動物は動くから動物なんだ。だから動いている限りは、人間は死なない」と考えたみたいです。それで「余命3週間」といわれた身体で、病院の中庭を行ったり来たりして歩いたのです。「看護婦さんには幽霊に見えたのではないか」とテレビに出演された時に話されていました。そしてガンの自然退縮が起きました。
 
 ガンの自然退縮は、何によって起こるか?それはファイティングスピリッツによって起こるのです。しかし彼は、強いからそういう行動をとったのではありません。彼は恐かったから、そういう行動をとったのです。それは恐怖心が起こす奇跡とも言えます。

 私は、ガンの自然退縮の様々なケースを見て、常々思うことがあります。
 「人間は弱い、しかし意志には神が宿る」と。
もう一つ山の話をさせて下さい。
 私が山のザイルパートナーとして10年以上山登りのコンビを組んだ人がいます。私達は、感性は何から何までが違うのですが、山登りのコンビとしては、足りないものを補い合った良い関係でした。

私達は、ある時槍ヶ岳の北鎌というロッククライミングのコースを登ったことがあります。ロッククライミングとしては、そんなに難しいコースではないのですが、その日は悪天候で、雨で岩が滑りやすく、嫌な予感がしました。

 頂上まで後2~3kmという所だったと思います。私の嫌な予感が的中しました。一箇所、直径が1m50Cmくらいの大きさの岩があって、いったんそこに飛び乗って、それからジャンプして次の岩に移動するところあったのです。
 私が最初にその箇所を通過して、彼が私と同じようにその大岩に飛び乗って、次の動作に移ろうとした瞬間でした。信じられないことに、その大岩がガタンと音をたてて真下に落下したのです。彼も、その大岩とともに頭から逆さまに私の視界から消えました。その下は見下ろす限り、どこまでも垂直に切り立った絶壁で、出っ張りも何もない所です。

 時間にしてわずか1秒くらいだったと思います。私の頭の中を、様々な考えが猛スピードで駆け抜けました。それは全て彼の死に関する事でした。
 すると「おーい」という声が聞こえるのです。私は恐る恐る下を見ました。私は目を疑いました。彼がはるか30mくらい下の岩の壁に、まるで蝉のようにくっついているのです。絶対にありえないことです。30mというと8階建てのビルの屋上から飛び降りたようなものです。しかも彼は頭から逆さまに落ちたのです。私には信じられない光景でした。

 しかし、彼をどうしたら救えるのでしょうか?北鎌はザイルを使わないところなので、私達は、ザイルを持ってきてなかったのです。すると奇跡としか思えないのですが、そこにたまたまザイルを持っている人が現れたのです。そしてすぐにそのザイルを投げて、彼を救い出すことに成功しました。しかも彼はほとんど無傷でした。落ちた時のことを尋ねたら、フワッと岩壁の10Cmくらいの出っ張りに立ったというのです。

 彼は常々山では絶対に死なないと言っていました。雪崩なら泳げばいい。滑落なら空を飛べばいい。「絶対に助かる」という強い信念があれば、何があっても大丈夫だと言ってましたが、まさに彼の信念を実証した出来事でした。私が「意志には神が宿る」と言いましたのは、このことです。

 ガンの方でこんな人がいました。その方は「人間は笑っている限りは、絶対に死なない」と信じている人です。何故だか分かりませんが、そうなのだそうです。何故なら、その方は、朝から晩までお腹の底から笑い続けて、末期ガンのまま20年以上生き続けているからです。
 
 私達が危険に直面して、何故だか分からないが、そう思うことには、神様がそう思わせていることがあるのです。だから、恐い時に、立ち止まってはいけません。意志の働きを止めてはいけません。むしろ様々な呪縛を取り払って、他人が見ておかしいと思うことでも、自分を信じきってやってみたら良いと思います。自然退縮を起こした人は全員がそういう人達です。

 「危険に直面した時、自分の意志の働きには、神が宿る」ということを、私は彼等から学びました。
ゲスト
投稿日時: 2010-5-18 23:35
Re: 太明堂さんの「がんが治った話」
その3


いつも私の所に通って来る方で、Kさんという女性がいました。
 彼女は、高校で国語の先生をしています。明るくて活発な人なので、きっと学校で人気者だろうと思いました。
 そのKさんが、ある日、私に、こんな話をしてくれました。非常に興味深い話なので、ここでご紹介します。

 彼女のお母様は、今から10年前、大腸ガンになりました。発見が遅く、病院で検査した時は、既に相当病気が進んでいたようです。
 病院でできることは全てやったので、一端自宅に帰って様子を見て再度入院をして下さいという話になりました。「たぶん、1ヶ月以内に再入院することになるでしょう」という話だったみたいです。

 お母様も、覚悟を決められていたようで、家に帰って、身体が動くうちにと思って、近所の大宮八幡宮にお参りに行くことにしました。東京の井の頭線の西永福駅に近い大きな神社です。この近所に50年近く住んで、事あるごとに通った神社です。最後に一度だけご挨拶をしたいと思われたのです。
 
 Kさんに付き添われてお参りを済ませ、本殿の横にふと目をやると、「ねがいぶみ」コーナーというのがありました。何となくその紙を手に取って、「大変長いことお世話になりました。どうか私の病気が良くなりますように。」と書いて千円を添えて封筒に入れて所定の場所に置いて家に帰りました。

 私は、こういう人や、ご家族の気持ちを考えると、いつも、「なんて神様は残酷なんだ。人を悲しませて」と思うのです。 「人の願いなど叶えてもくれないのに、こんな“ねがいぶみ”まで書かせて・・・」と、みなさんは思いませんか?

 ところが、ところが、です。

 その日から、Kさんのお母様の体調がグングン良くなっていきました。
 すっかり元気になって病院を訪れたら、ガンが消えているのです。肝臓への転移がひどかったのですが、それも全て消えているのです。お医者さんも唖然としたみたいです。

 Kさんは、お母様の快癒のお礼の為に、再度この神社を訪れました。
 そして、そのついでに学校で担任をしている登校拒否の生徒のことを「ねがいぶみ」に書いて出しました。その時は、そんなに期待してなかったそうなのですが、驚くような展開がありました。
 その子の両親は何も言わないのに、その生徒は明くる日から何事もなかったかのように学校を出て来るようになりました。そして、卒業するまで一日も学校を休まなかったそうです。

 Kさんが、私にその「ねがいぶみ」 の真偽を確かめて欲しいと言うので、私なりの検証を試みました。
 神社のエネルギーを見に行きました。私は難治の病人の方の事を、「ねがいぶみ」に書いて出してみました。それから5年くらいの間、度々ねがいぶみを書いて出しましたが、パーキンソンやガンのような難病が治療とは無関係に治ったこともあります。どう考えても、100%ではないにせよ、力を与えてくれるのは事実だろうと、今は思っています。
 
 本人が行かなくても、東京在住の誰かに頼んでもいいし、たぶん郵送でも受け付けてくれるはずです。
 こんなことは騙されたつもりでないとできません。しかし千円なら騙されてもいいではないですか。「ねがいぶみ」と一緒に出す奉納金に決まりはないのですが、千円くらいが妥当だと思います。
 どうしても5千円添えたかったら、千円ずつ5人の名前で、5枚の「ねがいぶみ」を出した方が、良いと思います。

 私は、こういう内容のことは、軽はずみに話すと胡散臭く思われるので、余程親しい相手でなければ話さないことにしています。しかし、目に見えない世界は、確かにあります。お金がかかることや、価値観を変えなければならないことには、深入りしない方が良いと思いますが、こんな話なら悪くないと思いませんか?
 私の勘では、大宮八幡宮では、この「ねがいぶみ」を一つ一つ神殿の前で読み上げて祈祷していると思います。今後「ねがいぶみ」の量が増えたら?かも知れません。

 私が目に見えない世界の話で、もう一つ付け加えたいのは、ご先祖様のお墓のことです。とんでもなく素晴らしい、そして実体感のある、具体性のあるエネルギーです。
 難病の方にも、健康な人にも、是非ともお勧めしたいと思います。難治の精神疾患などにもお勧めです。
 ただし、お墓のそばに30分以上、できれば1時間くらいいて欲しいと思います。私は2ヶ月間一日も欠かさず通ってみて、納得しました。
 ご先祖様への感謝が大切だという話ではありません。人はあの世に行って何になるかを知って、私は感動しました。


ヒーリングミュージックというものがありますが、私は長い間、音楽や絵画のような芸術には、「一時的な心の慰め」はあるが、「身体や心の病気を治す力」はないと思ってきました。
 何故かと言いますと、芸術は創作するにしても、鑑賞するにしても、「好き嫌いの感情の選択」が脳や心の仕事だからです。これは自我の働きですから、自我はそれ自体が苦しみを伴う精神活動なので、病気を治す力はないと思ったのです。

 癒しを求めるのなら、芸術ではなく、自然や植物のような「好き嫌いの感情の選択」でないものが良い。これが、私の持論でした。

 ところがそんな私の持論が砕け散る日がやってきました。

今から6年前の話です。私の知人の弟さんが、肺ガンになって入院したのですが、手術も抗ガン剤も放射線も全てやって、改善しないので、退院して家に帰ることになりました。
 彼は「後3ヶ月の命だ」ということを、家族から聞いて知りました。まだ40歳を少し過ぎたばかりの彼は、どんな気持ちだったのでしょうか。

 彼は、3ヶ月間、朝から晩まで、彼が大好きな音楽を聴き続けようと思いました。それで、死んでも本望だと思いました。
 聴いたのは、クラシック音楽で、フルトヴェングラーという指揮者が演奏する音楽でした。カラヤンの前のベルリンフィルの常任指揮者です。
 余程、フルトヴェングラーが好きだったのでしょう。毎日、毎日、朝から晩までフルトヴェングラーばかり聴いたそうです。

 ところが、3ヶ月経った時、彼はほとんど症状が消えていることに気がつきました。それで病院に行って検査を受けたら、ガンの大半が消えていたのです。ガンの自然退縮が起こったのです。

 私もガンになった時、ある一枚のCDが無性に聴きたくなりました。それは朝比奈隆の第9です。このCDは、知人から貰ったCDで、これまでに一度も聴いたことはなかったのですが、私はガンになって、何故かこのCDが無性に聴きたくなりました。
 しかし、このCDを聴いたのは、ガンと闘った期間だけで、ガンが治った時に、ピタッと聴かなくなりました。今、思えば、ガンが治る為に必要な何らかのエネルギーがこの音楽の中にあったのだと思います。

 私はガンになった時、何も食べれませんでしたし、ほとんど眠れませんでした。呼吸も満足にできませんでした。そこまで身体が悪いと、諦めがつくのです。
 「もう、身体のことなんて考えても仕方がない、その分、心に可能な限り自由を与えよう」と思いました。その自由を与えられた心が、身体を癒す為に必用なものを自然に求めたのだと思います。それが彼の場合はフルトヴェングラーで、私の場合は、あのCDだったのでしょう。
 だから、音楽に人を癒す力があるということを、この時実体験を通して理解したのでした。ただし、潜在意識を開放してやって、自然に聴きたくなった音楽だから良かったのだと思います。

 『自由にならない身体を諦める』。『心に可能な限り自由を与える』。『人に笑われはしないかとか、長年の思い込みとかを、片っ端から取り去って、心を開放してやる』。
 どうも、こんな傾向が自然退縮を起こした人に見受けられるような気がします。


私は長い間、心の中では常に狂気と戦い続けて生きてきました。ただの一瞬たりともその闘いを怠れば、自分の意志とは無関係に無差別殺人でも起こしてしまいそうな不安を、常にかかえていました。

 そんな不安が芽生えたのは、小学校の1年生の頃です。その頃は訳も分からず、ただ不安に怯え、助けをどこに求めていいかも分からず、一人で苦みました。
 大人でも気絶してしまいそうな苦しみを、身体や心に与え続けられると、どんな子供でもそんな異常が心に芽生えます。

 これ以外にも、私は脳に残った障害に苦しみました。失読症です。私は子供が好んで読むマンガをほとんど読んだことがありません。学校の教科書も、一般の読み物も、まともに読めたことはほとんどありません。かすかに頭に入る少量の文字から、内容を勘で想像するだけです。
 身体にも異変があって、呼吸がよく止まりました。鼻血がしばしば止まらなくなりました。私にとっては、とても耐えられない何万年とも思える長い人生でした。

 大人になって、そんな私が生きていくことは、さらに困難でした。常に狂気と戦いながらサラリーマンを続けることは不可能でした。しかし食べていかなければなりません。そんな理由で、私は26歳の時に、ある陶工の弟子入りをしました。

 私はその工房で、今の治療の師匠と出会いました。彼は私よりも8歳年上です。工房の近所の人で、陶芸はしませんでした。彼は当時、座禅に没頭していました。工房に遊びに来た彼と、私はよく禅の話をしました。この世的な欲が一切ない人で、道を一心に求める彼の姿に神々しさを感じました。何が彼をそうさせたかを知ったのは、30年近く付き合った、つい先日のことでした。互いの抱えてきた苦しみについて、二人は初めて口にしました。


私がガンになった時、山で雪崩に会った時の、全身が凍りつくような恐怖が一日中続きました。これは本能的な恐怖で、止めることができませんでした。

 そんな私にとって、意外にも仕事が救いでした。いつ死んでもおかしくない私でも、頼りにしてくれている人がいると思うと、身体のどこにそんなエネルギーが残っていたのかと思う程のエネルギーが全身にみなぎりました。
 
 しかし、気持ちとは裏腹に、体調は悪化の一途を辿りました。まるで大きな球が坂道を加速度をつけて転がり落ちるような勢いで、どんどん悪化していきました。身体のあちこちに痛みが出ました。胸骨にも、肋骨にも、背骨にも痛みが出て、私は悪い想像で頭がいっぱいになりました。

 そして死を覚悟した私は、身の回りのものを、どんどん処分し始めました。本とかCDとか写真とか衣服とか登山用具までも、身体が動くうちにと思って、ゴミと一緒に捨てました。大切なものもそうでないものも区別せず捨てたので、持ち物がどんどんなくなっていきました。

 死を覚悟してからは、闘病の記録を同病の人に参考にして欲しいと思って、様々な事を試しました。その頃試したものの中で、明らかに体調に悪影響を及ぼしたものは、意外にも座禅とヨガでした。不安でいっぱいになった心に平安を取り戻す為に、座禅やヨガが良いと思ったのですが、全く逆効果でした。
 ヨガはストレッチも瞑想もともに体調を悪化させ、呼吸が困難になって死ぬところでした。座禅をしてたら気持ちが逆に不安定になって、発狂しそうになりました。

 来る日も来る日も、体調は極限状態が続いていましたが、そんな身体であるにもかかわらず、意外なことに、「静」よりも「動」に救いがありました。仕事をする。音楽を聴いて感動する。歩く。笑う。等、等、等です。これは、自然退縮を起こした人の共通点でもあります。

 体調は悪化を何度も繰り返しました。私はこの頃、3度持ち物を大量に処分しました。つまり3回は完全にギブアップしたということです。
 私は、「倒れても、倒れても、また立ち上がる」。「100回負けても101回目に勝つ」。「1000回負けても1001回目に勝つ」。そんなことを呪文のように自分に言い聞かせながら、必死で諦めない工夫をしました。

 今思い出しても、首から下は完全に棺桶に入っていたと思います。そんな私に、子供のような発想が閃いて、窮地を脱することになろうとは、その寸前までは考えられないことでした。

私は、絶望的な戦いを続けながら、負け続ける自分を「よくやった!よくやった!」と褒めてやることで、諦めない事だけを心がけました。

 そんなある日、突然頭に浮かんだのです。そんな事を、何故思い出したのか、いまだに分かりません。子供の頃聞いた木口小平(きぐちこへい)の話が、頭に浮かんだのです。
 木口小平という人は、日清戦争の時、進軍ラッパを吹いていた兵隊さんですが、被弾して死んでも口からラッパを離さなかったという逸話が残っています。

 私も、木口小平のように「死んでも“ありがとうございます”を唱え続けよう!」と思ったのです。

 もう一つ「森の石松が最期に斬られても斬られても迎え傷ばかりだった」という話も頭に浮かびました。

 「敵に背中を向けない」。「死んでも“ありがとうございます”を唱え続ける!」。この二つのことが頭に浮かんでから、私には、一切の迷いがなくなりました。

 呼吸ができないことが、一番苦しかったのですが、悩みではなくなりました。2ヶ月間眠れなかったことも、食欲がないことも、気管支に痛みがあったことも、あちこちの骨に痛みがあったことも、アッハッハと腹の底から笑い飛ばせるくらい気にならなくなりました。

 今、よく考えてみると、自然退縮をした人は、全員が『何かをし続けた』人です。
 『し続けた』という共通点があるだけで、したことはみんなまちまちです。
 『音楽を聴き続けた』。『仕事をし続けた』。『歩き続けた』。『笑い続けた』。等等。
 私は『“ありがとうございます”を言い続けた』のです。
 『何かをし続ける』と、死の恐怖が消えるのです。

 ガンという病気は不思議な病気です。死の恐怖が消えると、ガンも消えるような気がしてなりません。
 私はその時から急に食欲が出て、夜も呼吸ができないのに寝れるようになって、足取りも軽く毎朝出勤するようになりました。

 1ヵ月後には、食欲と呼吸が8割方普通になったと思います。気管支の痛みと骨の痛みはそのままでしたが、私は「治る」という確信を得ました。

 気管支の痛みと骨の痛みは、かなりしつこくて、その後2年くらいは残っていましたが、気にしたことは一度もありません。
 その時から3年連続で、検診では右肺の気管支に影が写っていて「要再検査」という通知を貰いましたが、この影は私の“天下御免の向こう傷”です。誰にも指一本触れさせません。

 『ガンに克つ』とは、身体にガンがあろうがなかろうが、『克つ』ことです。ガンが身体にあっても10年も20年も平気で生きている人は沢山います。
 私の友人のT君のお母様がそうでした。肝臓ガンの末期で開腹手術を受けましたが、お医者さんがさじを投げた程進行していました。ところがこのお母さんには、恐怖など微塵もありません。もう20年近く、そのままの身体で生きています。

 ○『何かを、し続ける』ことです。
 ○静ではなく、『動』を選んで下さい。
 ○『し続けるもの』は『自分の個性に合ったものを選ぶこと』です。個性に合ったものは、自信をくれます。
 ○恐怖心が消えたら、ガンがあろうがなかろうが、気にならなくなります。



私は初め、ガン予防の話だけを書くつもりでした。
 ところが、書いているうちに、読んでくださる方の中に、実際に現在ガンと戦っている方がいらっしゃることを知って、参考になればと思って、ガンと闘った私自身の体験と、私が実際に出会った方の体験を書きました。

 この日記に書いてないことも沢山あります。私は主に自然退縮について書きましたが、免疫療法とか西洋医学については書きませんでした。興味深い治療法がないわけではありませんが、どうしても私の主観が強く出て、患者さんの選択肢を奪うことになりかねません。
 宗教に関連したこと、あるいは浄霊的なことも同じです。これも実際にあちこちに飛び込んで随分調べ、私の考えも二転三転しましたが、同じ理由で書くのを止めました。治るのなら、何で治っても良いと思ったからです。

 自然退縮をした人は、みんな自然な心で闘った人ばかりです。「恐怖」とか「怒り」とか「不平不満」とか「憎しみ」とか「エゴ」とか、そんな心のままで闘った人達ばかりです。
 だからどんな人でも、どんな治療を選択した人でも入っていける世界です。私の日記で、参考になることがありましたら、どうぞ試してみて下さい。

 私は、ガンで死にかけて、命拾いをしました。再び生きることになって、生まれ変わったという程ではありませんが、意識が変わりました。「人や社会の為に生きたい」という気持ちが、自然に芽生えました。私のような劣等生、不良少年上がりには、恥ずかしくて赤面するような意識の変わりようです。
 恥ずかしいので、口にも顔にも極力出したくありませんが、そんな思いを胸に、つい先日、ふるさとに帰ってきました。ふるさとの人の健康の為に、私の残された治療家人生を捧げたいと思ったのです。

 小学校や中学校では廊下に立たされる生徒の常連でしたから、先ずは恩師の方々に丁重にご挨拶をして、私らしく、町外れで慎ましやかに開業しました。

 これまで、腕は磨きに磨きました。色々な治療家から技術を貪欲に盗んで回りました。その甲斐がありました。開業して1ヵ月後には評判となって、患者さんがいっぱいになりました。

 「もう生きている間に、二度と健康な身体になることはないだろう」と思って、家にこもっていたお年寄りの身体を、この2ヶ月間だけで既に10人以上治しました。
 高齢者といえども、治せば治るものです。4~5メートル歩いてフーフー言ってた88歳の男性が、今グランドゴルフをして50メートル走れるようになったと言っています。
 10年間くらい家の中を赤ちゃんのように這って移動していた足の悪い80歳の女性が、今は普通に歩けるようになったので、フラダンスを始めたいと言っています。
 喘息で悩んでいた85歳の女性が、子供の時から悩んでいた持病がこんな歳になって治るとは思わなかったと言って喜んでくれました。

 みんな私が子供の頃、私達を温かい目で優しく見守って下さったおじちゃんとおばちゃん達です。身体に痛みや苦しみのない余生を送らせてあげたいと、不良少年の私は今、心から願っています。これはガンが私にくれた贈り物です。


ゲスト
投稿日時: 2010-5-20 23:28
Re: 太明堂さんの「がんが治った話」
おまけです


私は一度ガンになって懲りました。ですから私のガンを自然退縮させた要因と同じことを、日々予防として心がけています。

私はガンになった時、物凄く怖くなってブルブル震えました。これは本能的な恐怖だったと思います。その本能に、私は何となくガンを治す方法を尋ねたのです。そうしましたら「ガンは固まる病気だから、脱力せよ」というような感じがしたのです。それで全身の力をどんどん抜いていきました。しかし患部は脱力できませんでしたし、脳や首や、どうしても力が抜けないところがありました。

それで私はその部分に「ありがとうございます」と言ってみたのです。そうしましたら不思議にその部分の力が抜けました。ですから感謝が目的で「ありがとうございます」を唱えたわけではありません。脱力の為に「ありがとうございます」を唱えました。そのことが良い結果につながったと思います。

もう一つ、腸内細菌の改善をしました。食欲は全くなく、何も喉を通りませんでした。しかし腸内細菌を殺したくなかったので、リンゴを刻んでヨーグルトの中に入れて、これを食べました。リンゴもヨーグルトもどちらも腸内細菌が喜びますので、腸には良い食事だったと思います。何故腸が大切かと言えば、腸には免疫を上げるスイッチがあるからです。

私のガン予防の心がけは二つです。「脱力」と「腸内細菌の改善」です。

私の治療院に新しい患者さんが来ましたら、腰痛の方でも肩こりの方でも、必ずこの話をしてあげます。私の患者さんに、ただの一人だって、絶対にガンになって欲しくないからです。もう「脱力」と「腸内細菌」の話を、何人の人にしたか分かりません。

今ガンと闘病中の方にだったら、「脱力」と「腸内細菌」に加えて「何かをし続ける」話をします。身体が死ぬことを諦めるからです。

何にしてもガンを一日も早く怖くない病気にしたいものです。
今日も私は、新しい患者さんガン予防の話をしました。
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